追悼 四方健二朗読交流会 9月5日開催

2015年09月01日

なかなかブログが更新できずゴメンなさい。
小さな、だけど大切なお知らせがあります。

前回のブログでも少しご案内しましたが、
「追悼 四方健二朗読交流会2015」がいよいよ9月5日に開催となります。

四方健二(よも・けんじ)さんは、石川県能登町出身の詩人です。
進行性の病、筋ジストロフィーとともに生き、詩作を生きがいにしていた四方さん。
今年2月に亡くなりました。
追悼という形で、朗読交流会を開催します。

虹

午後2時から
金沢市民芸術村パフォーミングスクエア
入場無料

0901-yomo

開催に向けて、私がつづった手記がありますので、一部を抜粋し掲載いたします。

虹

  (中略)かねてより親交のあった友人で詩人の、四方健二(よも・けんじ)さんが、今年2月12日、旅立ちました。47歳でした。家族によれば、最期の瞬間まで何かを伝えようと、まるで言葉をつむいでいるようだったとのこと。詩人でありつづけたのだと思います。

  四方さんの生前、朗読交流会に度重なるご支援いただきまして、まことにありがとうございました。2005年にたまたま手にした一冊の詩集「羅針盤」。詩に興味のなかった私が、なぜかその場で読破しました。難解で鬱々とした静かなエネルギー、その一方で空の向こうに広がる無限の世界を知っているような清々しさ、そして悟り。表現しがたい感情に押されるがまま、巻末の著者紹介を拝見し、息をのみました。寝たきりの入院生活ということだけでなく、気管切開して命と引き換えに声を失っているという衝撃。声を生業としながら、どれだけ自分が重みの無い言葉を積み重ねてきたか、恥ずかしくなったのをはっきりと覚えています。同時に、四方さんが読者の反響を待っている姿が目に浮かび、載っていたアドレスにすぐにメールを送りました。

以来、交流が始まり、朗読会を開きたいという夢を打ち明けられました。1つ夢がかなっても決して満足せず、「もっとこうしたい」と次の目標を立てていた四方さん。外出すること自体が命がけにも関わらず、朗読会を二度三度と実現させたのは、多くの人との交流が生きる希望になっていたからだと思います。2013年の前回朗読会は、四方さん自身が初めて納得し、満足されました。最後と銘打ったはずが「またやりたい」と、その後の生きる希望につながったのです。ご支援いただいた皆様には、本当に感謝しています。

  しかしながら、その後、急速に病状が悪化。それでも、四方さんは新作を紡ぎ続けていました。意識を失う日もある中、おでこに貼り付けたセンサーをまばたきで操り、必死で遺した最後の詩は「存在」という作品でした。

  四方さんが亡くなって5カ月。私にとって四方さんの存在は、今も大きく、あたたかいものです。時折、思い出されるのは、朗読会の前に交わすお決まりのやりとり。「四方さん、私の声を使ってください」「金子さん、またきょうも声を貸してください」。遺した詩をこの世に刻む方法がないかと、有志で考えた結果、ご本人が望んだ「もう一度の朗読交流会」を開催することとしました。ボランティアで参加したのを機に四方さんの親友となった板金業の開地(かいち)さん、四方さんの妹の希(のぞみ)さん夫婦、そして私。微力ですが、何をどこまでできるかわかりませんが、精一杯やってみようと思います。(後略)

虹

0514-yomo2shot

懐かしい写真を1枚。

四方さんと初めてメールを交わしたのが確か2005年。
メル友として交流する中で「朗読会を開きたい」を打ち明けられました。
2006年に初めて開催したのは、金沢駅の地下広場。
そのときの写真です。
初めて四方さんにお会いし、病状の厳しさに驚きました。
それほど、メールの中の四方さんは「超」がつくほどおしゃべりだったので…。

あれからおよそ10年。
私たちの心の交流は、何らかの形でこれからも続くと思います。

ボランティア一同、皆様のお越しをお待ちしています。