8月15日 終戦の日に思うこと・・・

2008年09月22日

今って、今の時代って、何なんだろう。一言じゃ簡単に言い表せない時代。

そういう時代の流れを敏感に感じ取り、真っ先に影響を受けるのはいつの時代も“若者”だと思う。今を、昔を少しでも分かれば、“何か” が見えるような気がして、私は学生時代に少年犯罪について、小論文を書いたことがある。

戦後と今の犯罪の中身を見比べてみた。ニュースでは、“キレる若者”少年犯罪の凶悪化という文字を見かけるが、本当にそうなのか?

統計や書籍を見ると、実際のところ、近年大きな変化はない。むしろ、日本という国は、他の先進国に比べて、 驚くほど少年犯罪の人口に対する割合(推定)は、低いそうだ。専門家も「なぜ、日本だけ、このような結果になるのか」と首をかしげるほど。
では、なぜ、センセーショナルに報道されるのか?

それは、恐らく、予想できないことだからだろう。

人は、考える生き物で、もちろん予想をすることも多い。推測でものをいう人も、毎日は繰り返されていると感じている人も、 みんな予想して生きているから、予想できないことに関して敏感なのかもしれない。明日の予定を気にするようにとても自然に行っている事だ。

そして、過去を振り返ってみると・・・
戦後間もない頃の少年犯罪の件数は、今とは比べ物にならないほど多い。
それは、貧しくて、食べ物がなく、生き延びるために犯した犯罪がほとんどだから。
昔の犯罪が起きる大体の理由は、誰もが予想のできる範囲内のものだったのだ。大切な人の命、自分の命を守るために他人から奪った。時には、 命までも。

だが、今は、全く予想がつかない。
何となくむしゃくしゃして、親に怒られたから――と、ある犯罪者が言ったと聞いた時は、自分の耳を疑った。

「有り得ない。」

だが、今、有り得ないことが起きているのも事実。
中身が未成熟な子供のまま大人になってしまったのか――。
私は思った。

自分自身も未熟な人間だと思うが、彼らは、何か大切な事が欠如している。
ストンと、髪の毛が知らないうちに抜け落ちているような、自分でも気がつかないうちに。

終戦の日を前に戦争経験者は語る
「あの時は、人の命なんてもんを考える時代じゃなかった。」

今、もしかしたら、私たちの気がつかないところで、見えない戦争が広まってきているのかもしれない。昔とは違った、全く違う、 新しく複雑な形で。
“イマノジダイ” に現れてきているのかもしれない。

終わりには、始まりがあって、始まりには終わりがあること。

この時代は、どこまでつづくのか。終戦の日は、終わりの日であり、何かの始まりだったように思う。

それが、“平和”だという事を祈って。