「警察官」という仕事
2010年02月01日
「寂しくはないな。愛着のある仕事じゃないし、気楽なくらいだ」。
先日、旧知の警察官と呑んだ。退職間近のベテランだ。
「辞めるの、寂しくないですか?」と聞いたら、満面の笑みと拍子抜けの答えが返ってきた。
新人のころ、ある事件の取材で知り合った。初対面で「酒は好きか?」と聞かれたので、
「日本酒が」と答えたら、「いいな」と言われた。4年近い付き合いになる。
とにかく、よく酒を呑む人だった。ビールならジョッキ5杯は当たり前。
日本酒も3合は呑んだ。呑んで、酔った。
「お前はダメだな。いつももう一歩、取材が足りない。きっと女性関係もそうだろう。
お前はいつも、もう一歩だ」
「何も知らないくせに、勝手なことを言わないでください」
「田舎者のくせに、すまして標準語を使うな」
「そんなに田舎の生まれでもないし、もう一歩云々の話はどこへ行ったんですか」
酔っても愚痴を言う人ではなかったが、記憶では2回、「疲れた」と漏らした。
不毛な会話の合間で、詮索はしなかったが、仕事のことだったのだろう。
思い当たる節はある。迷宮入りした事件のことだ。
被害者やその家族のことを、忘れることはないという。
「解決した事件より未解決のほうを思い出す」。何度か耳にしたセリフだ。
「野球のピッチャーが、三振よりホームランを覚えているという、あれですか?」と聞くと、
納得したようなしていないような、困った顔をしていた。
警察官というのは、引き算の仕事だ。事件は解決して当たり前。迷宮入りすれば即、失点。
周囲からはそうみられる。その上、激務だ。警察官の都合に合わせて、事件が起きるわけではない。
夜中の3時くらいに電話があって、「いま終わった。一杯やるか」と誘われることもあった。
さすがに辟易としたが、裏を返せば、その時間まで仕事をしているということでもある。
情熱とか愛情とか、青臭い動機がなければ、きっと40年も続けられない。
そこで冒頭のセリフだ。
「寂しくない」とか「愛着がない」とか、そんなの嘘でしょう?
目が笑ってなかったですよ。お疲れ様でした。
(吉)

