福島にて2
2012年05月15日
いま、ANN取材団の一員として、福島県にいます。

(福島放送の報道フロア)
これまでにも何度か来ていますが、
そのたびに福島放送の皆さんの仕事ぶりから、
勉強させてもらっています。
一応、立場は「応援」なのですが…。
力になれるよう、もうしばらく頑張ります。
吉
2012年05月15日
いま、ANN取材団の一員として、福島県にいます。

(福島放送の報道フロア)
これまでにも何度か来ていますが、
そのたびに福島放送の皆さんの仕事ぶりから、
勉強させてもらっています。
一応、立場は「応援」なのですが…。
力になれるよう、もうしばらく頑張ります。
吉
2012年05月08日
皆さんは「トレンチコート」をご存知ですか?
襟(えり)が大きく、ウエスト・肩・袖口などにベルト(ストラップ)がついているコートです。
第一次世界大戦時に軍用コートとして開発されたそうです。
往年の映画スター、ハンフリー・ボガードなどが着こなし、
今ではコートの定番アイテムのひとつになっています。
トレンチコートで有名なメーカーは「アクアスキュータム」と「バーバリー」。
どちらもイギリスの老舗高級服飾メーカーです。
トレンチはこのイギリスの2社製が素晴らしいとの定評もあり、
私も20代の頃、トレンチコートを買い求めに出かけました。
(当時はバブル期。その頃流行った「一生もの」という言葉に、軽くて単純な私はすぐに乗っかってしまったのです)
買ったのは「バーバリー」。
当時で10万円以上しました。
若造にはそれこそ大金。
買うときは気合をい入れて「えいやっ!」です。

冬、毎日のように「バーバリー」を羽織って有頂天で通勤したものです。
でも本当に欲しかったのは「アクアスキュータム」。
値段が1.5倍位していて断念しました。

私の思い込みだったのかもしれませんが、
その頃のコートやジャケットで良質な製品は、
イギリス製というイメージがあり、憧れの的でした。
ところが、今年の4月にショッキングなことが…。
「アクアスキュータム」社が会社更生法を申請し、
破産管財人による法的管理の手続きに入ったのです。
あのブランドが…
かつてイギリスは自動車の分野でも、
ジャガーやローバーというブランド名で高級・上質なイメージを確立していました。
ジャガーは経営不振からフォード自動車に買収、
その後さらにインドのタタ自動車に買収され現在に至り、
ローバーブランドはすでにありません。
一流品の代名詞だったイギリスブランドが次々に…嗚呼。
ところで「メード・イン・ジャパン」は大丈夫なんでしょうか?
世界的なブランド力を誇っていたSONYは2012年3月期決算で5200億円の赤字、
パナソニックは7800億円の赤字に苦しんでいます。
逆に韓国のサムスン電子は好調で売上げをかなり伸ばしているとか。
タイの洪水、円高など理由は沢山あるでしょうが、ふと不安になります。
十年後JAPANブランドはどうなっているのだろうか…?、と。
日々酔々
2012年04月23日
取材をしていると、いろいろな人と知り合うことができます。
政治家、経済人、スポーツ選手、著名な学者などなど。
20年以上に及ぶ取材の中で記憶に残る人も数多くいます。
その中のひとりと会う機会がありました。
初めて取材したのは10年前、彼が18歳のころ、
プロ野球の世界へ羽ばたこうとしていました。
その後、何度か、2軍のグラウンドで、
真っ黒に日焼けして汗を流している姿を見ました。

「プライベートで応援に来たよ」と
金網越しに声をかけた時の彼の驚いた顔、
そして、嬉しそうに笑った顔は今でも忘れません。
しかし、その彼も数年前に戦力外に・・・。
新しく選んだ道は競輪でした。
この春、久しぶりに見た彼は、プロ野球時代よりも格好よくなっていました。

「自分のふがいなさをいつまでも嘆いていても仕方ない」
「挫折をそのままにしていても前に進めない」
彼が、昔と変わらない笑顔で話してくれました。
話をすることができて、あらためて感じました。
人間いくつになっても向上心を忘れてはいけないと。
そして、大きな目標を持っていると人は輝いていると。
彼に負けないよう、私は何をすべきか、あらためて感じた春です。
日陰の会 会員番号1
2012年04月17日
輪島担当のオレ。
実は今、とても忙しい。(※いつもはヒマというわけではない)
「正直ブログなんてチンタラ書いている場合ではない!」
と叫びたいが、このブログを取り仕切る”コチゲン編集長”には通じない。
「しめきりはずっと前だったでしょ!」
と言い返してくるに決まっている。
先日、珠洲市沖で漁船が転覆。
船長が死亡、乗組員の息子さんは不明のまま捜索が続いている。
(4月17日15:00現在)
”能登の防人”輪島支局としては、支局にじっと構えていられない状況だ。
転覆事故以外にも、様々な取材を抱えている。
Team Oと名乗ってはいるが、支局員はオレ1人。
やるしかないのだ。

とはいいつつ、
コチゲン編集長に叱られないよう、こうして合い間にブログも書く。
どうも、本社報道部の面々からみると、
オレの記事は、能登ならではの空気感が漂って、和むらしい。
そうかな・・・。
どれどれ・・・。
自分の過去ブログを読み返すと、確かにほのぼのとしていて和む。
薪ストーブ騒動、そんな話もあったな・・・。
能登には、平和な日々があるのも事実。
というか、平和な日々こそ能登の日常だ。
だが、皆さんの心を和ませるような取材をしていても、
事件や事故が起きたら現場へ向かうこととなる。
これが輪島支局だ。
これが報道だ。
これが現場だ。
さて、次なる現場に、行ってきます!!
ちなみに、今から行くのは、かなり和むこと間違いなしのネタ。
能登の平和を愛するオレです。
Team O
2012年04月09日
取材中、思わぬ人と偶然に再会することがたまにある。
先月も、ある取材の際、久しぶりに先輩に再会した。
高校時代、部活の練習場所が、ある大学と同じ場所だった。
そのとき大学生だった先輩だ。
市役所関連の取材先で、報道対応の担当者として来ていたのだ。
高校時代から月日の経つこと20年、
「お互い、変わっていないね」といいながらも、
顔にあるシミや小じわから、明らかに長い時間が流れていることを感じた。
確か、私の同級生からも一番人気があった先輩だったはず。
わずかな時間に、互いの同級生近況などを話し
高校時代の青春の1ページを久しぶりに思い出した。

(商談会)
先週は、金沢市内で開かれた石川県内の企業と中国の企業の商談会の取材で、
7年前、東京支社に勤務していた頃に通っていた、
英会話教室のクラスメートだった方と再会した。
この方も、金沢の本社から東京に転勤していて、
偶然にも銀座の英会話教室の同じクラスだったのだ。
その方は5年前に、私よりも先に金沢に戻られていたのだった。
こちらも5年ぶりの再会、お元気だったことはもちろん、
現在は栄転されて、出世していて、
なんだかとてもうれしくなった。
こうした人と再会ができるのも、
取材活動を通して、毎日たくさんの方と出会えるから。
本当に縁の大切さ、不思議さを感じさせられることがよくある。
しかし、その取材では、もっとびっくりした再会が…。
開会式を後ろの方で聞いていた私の隣の隣に立っていたのは
なんと今朝、家で顔をあわせたばかりの父親だった。
父親が勤務する機械メーカーが商談会に来ていたのだ。
父も私が取材に来ているとは知らず、お互いびっくり。
親に仕事風景を見られるというのもなんとなく気恥ずかしい。
昔、「小学生が父親の仕事を見学をする」という取材に行ったことがあるが、
きっとそんな感じだろうか。
まあ、こんな偶然でもないと、
娘の職業見学は実現しないので、いい機会だったかな。
幸